Case file
刑罰と更生死刑に犯罪を抑える効果はあるのか。全米研究評議会が「判断できない」とした研究と、自分に合う証拠を信じる心理

「死刑があるから、凶悪な犯罪が抑えられている」。そう感じる人は少なくありません。けれども米国の全米研究評議会(NRC)は2012年、死刑と殺人の関係を調べたこれまでの研究では、死刑が殺人を減らすのか、増やすのか、影響がないのかを判断できないと結論しました。抑止効果は「証明された」のでも「否定された」のでもない、というのが研究の現在地です。
SUMMARY
- 全米研究評議会の委員会は2012年、死刑の抑止効果を調べた研究は判断材料にならず、政策の議論に使うべきではないと結論した。
- 「1件の死刑執行で殺人が2.5件減る」としたテキサス州の分析は、刑務所の収容者数と失業率を考えに入れると、効果が半分以下になり、偶然と区別できなくなった。
- 人は自分の立場に合う研究ほど「よくできている」と評価しがちだ。日本の実験でも、抑止効果を否定する文章を読んだ死刑支持者の態度は変わらなかった。
01 どんな心の仕組みが働いているのか重い罰があれば、人は罪を思いとどまる?
「罰が重いほど人は罪を思いとどまる」という考えは直感的にわかりやすく、死刑を支持する理由の一つになっています。ただしこの直感が成り立つには、罪を犯しそうな人が罰の重さや見込みを知り、それを考えて行動を選ぶ必要があります。
日本では死刑を容認する人が多数です。内閣府の2014年の世論調査では、80.3%が「死刑もやむを得ない」と答え、「廃止すべき」は9.7%でした[7]。
容認する理由(複数回答)で多かったのは、次の3つです[7]。
- 被害者や家族の気持ちがおさまらない: 53.4%
- 凶悪な犯罪は命をもって償うべきだ: 52.9%
- 生かしておくと、また同じような犯罪をする危険がある: 47.4%
別の研究では、ネット調査に答えた日本の8,000人に、死刑への考えに最も近いものを1つ選んでもらいました。「罪への報いとして残すべき」が44.5%、「犯罪を抑えるために残すべき」が26.8%でした[5]。抑止は、死刑を支える大きな柱の一つです。
抑止とは、罰への恐れが人に罪を思いとどまらせる働きを指します。罰の「重さ」と「捕まる確かさ」のどちらが効くのかは、罰を重くすれば犯罪は減るのかで紹介しています。この記事では、最も重い罰である死刑にしぼって、研究で何がわかっているかを見ていきます。
02 研究でわかっていること死刑で殺人が減ると、研究で確かめられた?
確かめられていません。2000年代には「1件の執行で殺人が3〜18件減る」とする研究が相次ぎました。しかし再分析で結果のもろさが示され、全米研究評議会は2012年、これまでの研究は判断材料にならないと結論しました。
全米研究評議会 Nagin & Pepper 編(2012)[1]
専門家の委員会が、死刑と殺人の関係を調べた研究をまとめて検討した。結論は「これまでの研究は、死刑が殺人を減らすのか、増やすのか、影響がないのかについて、判断材料にならない」というもの。委員会は、こうした研究を死刑の効果をめぐる政策判断に使うべきではないと勧告した。
対象: 米国の死刑と殺人に関する既存研究 / 注意: 「効果がない」と結論したのではなく、「今ある研究では、どちらとも言えない」という結論。
Brandt & Kovandzic(2015)[2]
米国でも執行が特に多いテキサス州の1994〜2005年の月ごとのデータを分析し直した。先行研究は「執行1件で殺人が計2.5件減る」としていた。だが、同じ時期に増えた刑務所の収容者数と失業率を考えに入れると、執行の効果は半分以下になり、偶然と区別できなくなった。殺人の減少には、収容者数の変化のほうが大きく関わっていた。
対象: テキサス州の月別の殺人と執行(1994〜2005年) / 限界: 著者ら自身、結論はモデルの組み方に大きく左右されると述べている。1つの州の時系列の分析でもある。
同じ論文は、先行研究への批判もまとめています。米国では多くの州でほとんど執行がありません。ある再分析では、州・年ごとのデータの86%で執行が0件でした。さらに、抑止効果があるという結論は、約1,000件のうちわずか11件の観測に左右されていました。その多くがテキサス州のものでした[2]。執行が少なすぎて、年ごとの殺人の増減の中から死刑の影響だけを取り出すのが難しいのです。
Lord, Ross & Lepper(1979)[3]
死刑に賛成の人と反対の人に、抑止効果を「支持する研究」と「否定する研究」の要約を1つずつ読ませた。どちらの側も、自分の考えに合う研究のほうを、方法がしっかりしていると評価した。さらに両者とも、読んだ後に「前より考えが強まった」と答えた。
対象: 死刑への賛否がはっきりした人 / 再検証: この実験は考えが「強まった」かを本人に尋ねただけで、実際の態度の変化は測っていない。後の研究では、本人の報告では同じ結果が再現されたが、実際の態度の変化では両極化は見られず、むしろ歩み寄る方向だった[4]。
Watamura, Ioku & Mukai(2023)[5]
日本の死刑支持者を対象に、事前登録した4つの実験を行った。抑止効果を否定する文章を読ませた実験では、死刑への賛成の強さは変わらなかった。一方、無実の人が誤って捕まった体験談や、殺人事件の誤判率が4.1%だという情報を読ませると、賛成は弱まった。
対象: ネット調査会社の登録者から選んだ死刑支持者(抑止の実験の分析対象は236人) / 限界: 4つ目の実験では、1%や4.1%の誤判率を示されたグループで、逆に賛成が強まった。情報の効き方は一定ではなかった。
Rose, Kuiper, Reinders Folmer & van Rooij(2024)[6]
米国の330人に、犯罪を減らす政策の担当者になったつもりで、刑務所の刑期を2倍にするかを7段階で答えてもらった。「刑を重くしても犯罪を抑える確かな証拠はない」という研究の要約を読んだ人は、2倍にしたい気持ちが弱かった。殺人の場面では、要約を読まなかった人の平均4.88に対し、読んだ人は3.37だった。
対象: 米国在住の成人330人(オンライン) / 限界: 死刑ではなく刑期を重くする政策についての、仮の場面での判断。読んですぐの回答で、長く続くかはわからない。
03 よくある思い込みと、研究が示す実際死刑の抑止効果は「ない」と証明された?
証明されてはいません。全米研究評議会の結論は、今ある研究からは「減らす」「増やす」「影響なし」のどれとも言えない、というものです。「ある」とも「ない」とも言い切れないのが現状です。
抑止のほかに、死刑には「取り返しがつかない」という問題もあります。誤った有罪を支えた証拠の種類はDNA鑑定で晴れた冤罪から何がわかったかで、専門家でも見方が偏る仕組みは証拠の見え方が変わる確証バイアスで紹介しています。
04 日常で生かせる視点死刑をめぐるニュースは、どう読めばいい?
抑止効果をめぐる数字を見たら、他の要因を考えに入れているかを確かめることが役立ちます。自分の立場に合う研究ほど甘く読んでいないかにも目を向け、抑止という事実の問題と、報いという価値の問題を分けて考えます。
- 「〇件の殺人を防いだ」という数字を疑う: 同じ時期に刑務所の収容者数や景気など、ほかの条件も変わっていないか。執行がまれな地域のデータで推定していないかを見る。
- 自分の読み方のくせに気づく: 賛成でも反対でも、自分に合う研究は「しっかりしている」、合わない研究は「欠点だらけ」と感じやすい。同じ基準で両方を読めているかを確かめる。
- 事実の問題と価値の問題を分ける: 「抑止効果があるか」は研究で確かめる問題。「罪に命で報いるべきか」は価値の問題で、研究だけでは答えが出ない。議論がかみ合わないときは、どちらの話をしているのかを整理する。
刑罰が人のその後に何をもたらすかは、刑務所に入ると再犯は減るのかも参考になります。
05よくある質問
死刑に犯罪を抑える効果はありますか?
今のところ、研究ではどちらとも言えません。米国の全米研究評議会は2012年、死刑と殺人の関係を調べたこれまでの研究は、死刑が殺人を減らすのか、増やすのか、影響がないのかを判断する材料にならないと結論しました。効果が「ない」と証明されたわけでもありません。
なぜ研究によって、死刑の効果の結論が逆になるのですか?
大きな理由は、執行の数が少なすぎることです。米国の州・年ごとのデータを再分析した研究では、86%で執行が0件でした。そのため、わずかな観測や、分析の組み立て方の違いで結果が大きく変わります。刑務所の収容者数や景気など、同じ時期に変わったほかの条件をどう扱うかでも、結論が変わります。
抑止効果がないと知ったら、死刑への賛成は減りますか?
減るとは限りません。日本の死刑支持者を対象にした2023年の実験では、抑止効果を否定する文章を読んでも、死刑への賛成の強さは変わりませんでした。一方で、冤罪の体験談を読むと賛成が弱まりました。人は自分の立場に合う情報を高く評価しやすく、情報の種類によって効き方が違うと考えられています。
SOURCES
- National Research Council; Nagin, D. S., & Pepper, J. V. (Eds.). (2012). Deterrence and the Death Penalty. Washington, DC: The National Academies Press. https://doi.org/10.17226/13363
- Brandt, P. T., & Kovandzic, T. V. (2015). Messing up Texas?: A re-analysis of the effects of executions on homicides. PLoS ONE, 10(9), e0138143. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0138143
- Lord, C. G., Ross, L., & Lepper, M. R. (1979). Biased assimilation and attitude polarization: The effects of prior theories on subsequently considered evidence. Journal of Personality and Social Psychology, 37(11), 2098-2109. https://doi.org/10.1037/0022-3514.37.11.2098
- Greitemeyer, T. (2014). I am right, you are wrong: How biased assimilation increases the perceived gap between believers and skeptics of violent video game effects. PLoS ONE, 9(4), e93440. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0093440
- Watamura, E., Ioku, T., & Mukai, T. (2023). Examining the differential effects of information about the death penalty on retributivists and non-retributivists in Japan: A refutation of Marshall's third hypothesis. Frontiers in Psychology, 14, 1236587. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2023.1236587
- Rose, B., Kuiper, M. E., Reinders Folmer, C., & van Rooij, B. (2024). Can criminology sway the public? How empirical findings about deterrence affect public punishment preferences. Crime Science, 13, 43. https://doi.org/10.1186/s40163-024-00240-8
- Kashiwagi, H., & Hirabayashi, N. (2018). Death penalty and psychiatric evaluation in Japan. Frontiers in Psychiatry, 9, 550.(内閣府「基本的法制度に関する世論調査」2014年の数値を引用) https://doi.org/10.3389/fpsyt.2018.00550


